会津 Aizu

我輩がドライビンと称し無駄にガソリンを消費する行為を始めてから年単位の時間が経過しているが、実はそれらのほとんどが日帰りの旅程であることに気がついた。我ながら心底どうでもいいことであるのだが、なぜなのだか考え出すと意外に不思議で、そのままごく自然に自分探しを始めてしまったのだが、たどり着いたのは「まとまった休みがとりにくいから」という小市民イズム溢れる答えであり全然自分探しになっていない。
資本主義社会に生きる資本家でない人間がまとまった休みをとるためには、公的に付与された連休を利用するというソリューションが一般的である。しかしその手軽さはまとまった人無きところにまとまった人を創り出すのに充分で、ドライビン的にはむしろ避けたいタイミングであるとさえ言える。
公的扶助に頼ることなくまとまった休みを取るためには有給休暇の取得という方法もあるのだが、どういうわけだかこいつは権利のくせに異常に行使が難しく、つっこまれにくい言い訳を紡ぎ出し上司の顔色を窺いタイミングよく切り出すという高度なテクニックが要求される。それを巡っては古今幾多の戦いが繰り広げられていて、架空の親戚を鬼籍に入れ法事をでっち上げたところ、会社から香典が出てしまいお返しを用意するのにえらい苦労したなどという逸話も聞く。

しかし今回はお盆を利用しみちのくへ遠征をすることにした。見方によっては渋滞体験記の取材としか思えない計画であるが、ルートなど調べだしたら意外に脇が甘く、日程はラッシュと重ならないし宿は割と安いしで、久々にニッポンの夏休みらしい時間を過ごすことに決めたものである。

着替えや手土産など普段より若干多い荷物を積み出発する。夏の日差しは朝から絶好調で、肌で受ける感触を表現するなら「炙られる」が最適と思えるレベルである。普段あまりエアコンを使わない我輩もこのときばかりはとスイッチを入れるものの、閉め切った車内は涼しくなるどころか室温小じっかりといった有様で、しまいには窓を開けると吹き込んでくるぬるい風すら涼しく感じるほどであり、早くもエアコンなしドライビンを決意することになってしまった。

猛烈な暑さの中を北上する。道は予想したほど混んでおらず意外と快適であるが、妙なタイミングで割り込まれたり経験の無い場所で待たされたりと、どうもいつもと雰囲気が違う。いわゆる大型連休中のドライバーは普段あまり運転をしない者も多く混じっているというが、その中には「それらの時期にしか運転をしない」という者も少なくないようで、そのせいか道中やたらと故障車を見かけた。
この猛暑に抗うだけの冷房力を得るにはエンジンにいつもよりかなり多めに回ってもらう必要があるが、それもきちんとした環境あっての話である。ギャラはおんなじでも傘やら土瓶やらが壊れていてはめでたくないほうの万歳をしてしまうのも当然である。その点図らずも実施中のエアコン無しドライビンは猛暑を猛暑のまま扱うヤバイ走り方ゆえ、低負荷にして環境にも配慮されておりある意味エコドライブと言ってよいが当人には滅法厳しい。Tシャツにできた白い結晶物は天然だが人工ともいえるなとかそんなことは本当にどうでもいい。

R4を北上していく。外は全くの無風ゆえ風に当たるには自分から動かねばならず、まるでマグロになったような気分を味わうことができる。ラムジェット換水法を必要以上に擬似体験するうち自然と走行距離は伸びていき、塔のへつりに到着となる。
塔のへつりは見過ごしたり忘れたりと極めて一方的な理由でなかなか来られなかった場所である。念願叶って(?)ようやく訪れることができたわけであるが、車を停め外に出るとぬるま湯に浸かるが如き心地である。申し合わせたように暑がる観光客に混じり、浮かれた心と重い足取りで石段を上り下りすると、そそり立つ岸壁の間に紺碧の大川が静かに湛えられていた。その流れは静か過ぎて、ぱっと見ではどちらに流れているのか分からないほどで、周囲の木立や青空が幾分ソフトな風合いで映りこんでいる。
吊橋をわたってゆく。前述の通り風の影響は無いのだが、時を同じくして通行する人数が多く結構な揺れである。水面からの高さはリアルな遠近感が働く絶妙の距離で、控えめに設計された欄干と相まってスリリング極まりない。

対岸は岸壁をくりぬいて造られた力強さあふれる造形である。余計な装飾を施すことなく岩の質感のみで勝負する大変潔いデザインであるが、転落防止の柵までもが省かれておりこれまた輪をかけてスリリングである。路面は砂状のものが覆うスリッピーな箇所も多く、見物客を交わそうと淵際で足を滑らせたときは体中の血液が蒸発する思いであった。血の気が引くという表現の的確さを身をもって知ってしまったが、今後の叙述に深みが増すかどうかは微妙なところである。

早く動いて風に当たりたいために出発する。なんだその欲求はと自分につっこむ間もなく道はR118と合流し、たまに見かける会津ナンバーの車をいちいち珍しがったりしているうちに鶴ヶ城への案内が出始める。
そのまま案内に従い駐車場に車を停める。堀に沿って歩いていくと早速木々の間から天守閣が見え隠れしてきた。生い茂る枝葉の向こうに見えるそれは端正な四角錐形で、白黒のモノトーンで統一された佇まいは鶴と称されるにまったくふさわしい。
堀にかけられた橋を渡り、石垣を回り込むようにして近づいていく。城というものは普段見慣れないせいかどうも遠近感がおかしく、遠目だと意外に小さく見えるのだが、いざ近づいてみるとその大きさは圧倒的で、身にまとう重厚な雰囲気は軍政拠点としての迫力をいささかも失っていない。
人力車やガングロサクソンが行き交うカオティックな空間を散策しつつシャッターチャンスを待つ。求めるそれは展望台の見物客が途切れる瞬間であり、写真に他人を入れないという我輩一流のこだわりに基づいているのだが、他にこだわるべき点がたくさんあるような気がするのはおそらく気のせいではない。
正月に放送された白虎隊のドラマのポスターがいまだに貼ってあるチケット売場はこのクソ暑い中でも余裕でごった返している。年中有数の繁忙期に来ておいてどだい無理な相談であったと、仕方なしに見物客が見切れないアングルから狙ってみると、何というか前衛的な仕上がりである意味何とも言えない。

遺構など見て回ったのち鶴ヶ城を後にする。途中猪苗代湖に寄り(といっても二十キロ近く走ったが)米沢に取った宿に向かうことにした。安宿に素泊まりとはいえ外泊には「脱日常」とも言うべき独特のワクワク感がある。そういや米沢はラーメンが有名だったなとか疲れにもめげず妄想を逞しゅうしたわけであるが、肌を覆う塩化物を洗い落とし一息ついた我輩が取り組んだのは衣類の手洗いであった。
もともと途中で洗うことを想定し少なめに用意した着替えは少ないどころか足りていなく、なんだかんだで小一時間かかった上にぬるま湯を使ったせいかうっすら汗までかいてしまった。翌朝着てみれば真夏のくせに生乾きで実に気持ち悪い。それでもチェックアウトする頃には乾いてしまったが、Tシャツの乾燥は天然だが人工ともいえるなとかそんなことは本当にどうでもいい。