『実践の環境倫理学』2006年8月15日時潮社より刊行


終章 忘れてはならないこと─インドから考える

 

 インド人は毎日カレーを食べると聞くと、大抵の人は驚く。洋食の「カレー」をイメージするからであろう。しかし、インド人が食べているカレーは、日本のカレーとは似て非なるものである。小麦粉を使わないからサラッとしたスープ状で、味噌汁を思わせる。しかも、具や味付けを微妙に変えて、食べ飽きないように工夫されている。とは言え、カレーはカレーであり、スパイシーな料理であることには変わりない。ということは、インド人は確かに毎食カレーを食べているのであり、インド人にとっての食事とは、基本的にスパイシーな料理を食べることなのである。

南アジアであるインドのみならず、東南アジアにも多いスパイシーな料理のことを、日本人は「エスニック料理」と称して珍しがる。極めて特殊な食習慣だと思い込んでいるからだ。ところが、インドだけでなく、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、スリランカの人々もほぼ毎食カレーを食べている。これらの国々の総人口は15億に近づく。現在この地球上で、実は4人に1人もの人々が、毎日カレーを食べている。ということは、毎日カレーを食べるという食習慣は、平均的日本人の目からはどんなに異様に見えようとも、地球的規模で見れば、ごくありふれた生活習慣の一つに過ぎないことになる。

自分にとっては稀に思えることが、地球的観点からすれば極ありふれた現実に過ぎず、身の回りの日常的世界からすればありふれたことが、地球的規模からすれば稀なことでありうる。こうした事実は、どうしても忘れられがちである。しかし、忘れてはならないのである。

 

当たり前のことが当たり前ではないということ

インドと言えば、インドに強いインパクトを受けた現代の哲学者にマーサ・ヌスバウムがいる。ヌスバウムは暫く前から、それらを満たすことが、人間がそのケイパビリティ(潜在能力)を発揮して、真に人間的な人間としての自己を実現することのできる諸要件のリストを彫琢し、提示することに腐心してきた。このリストは、文化的相対性を超えた普遍的価値として、人間が人間である限り、その現実化が保障される必要があるケイパビリティの一覧表たらんことが意図されている。

リストアップされている項目は、比較的最近のバージョンでは次のようになっている。1.生命、2.身体的健康、3.身体的保全、4.感覚・想像力・思考、5.感情、6.実践理性、7.連帯、8.自然との共生、9.遊び、10.政治的及び物質的な環境のコントロール(ヌスバウム 2005、92−95頁。原著は2000年刊)。それぞれの項目の内容は、次のように要約される。1.早死にしないこと。尊厳のある生活をすること。2.健康状態のよいこと。適切な栄養を得ていること。適切な住居を持つこと。3.移動の自由を持つこと。暴力などに抗する身体的主権を持つこと。4.教育を受けること。表現の自由を持つこと。5.愛や悲しみや怒りなどの感情を持つこと。6.自らの善概念を形成し、実践において批判的反省ができること。良心の自由を持つこと。7.理解しあえる仲間を作ること。集会・政治的発言の自由を持つこと。自己肯定感の社会的基盤を持つこと。差別の撤廃下にあること。8.動物、植物、自然界に関心を持ち、それらと関って生きること。9.笑ったり、遊んだり、気晴らしを楽しめること。10.政治に参加すること。財産を持つこと。財産権・雇用機会における差別の撤廃下にあること。令状の無い捜査・拘禁の禁止下にあること(8以外は神島・山森 2004、90−91頁。8はヌスバウム 2005、94頁)。

これらの一覧表をヌスバウムは明確に規範的な諸要素として提示しているのだが、読む側としてはむしろ、このリストは全然規範的ではなく、既に実現されている事実を記述しているだけではないかとの印象を受ける。ヌスバウムはリストアップされたケイパビリティの実現が妨げられてはならないと主張しているのであるが、ここで挙げられていることなど、最早誰もどの機関もその実現を妨げなどはしないのではないか。事実、私はヌスバウムのリストを、1990年のバージョンを紹介した現代倫理学の概説書によって知った(川本 1995、79頁)のだが、その時は、余りにも当たり前に過ぎる話で、倫理規範とするには低すぎる理想であると思った。ところが、私のこの印象は、偶々インド旅行に出かけ、インドの現実の一端に触れたことによって、180度転回することになった。

 現代日本で、貧困のために栄養失調で早死にする人は、殆どいないであろう。しかし、インドでは極ありふれた日常の一齣である。栄養失調で亡くなる人がいるくらいだから、劣悪な栄養状態によって健康を害している人も少なくない。適切な住居どころか、着の身着のままその日暮というのも、珍しくない。電車やバスに乗る金がなければ、移動しようにもできない。そして特に女性は、常にドメスティック・バイオレンスの危険に晒されていて、夫や親族の暴力に抗する身体的主権を奪われがちである。貧しい暮らし故に子供が労働力に数えられ、義務教育を全うすることもままならない。女性にはそもそも教育自体が無用だという偏見も根強い。教育を奪われた者は、自己を的確に表現する術を知らない。辛い暮らしは「定め」として受け止められ、愛や悲しみや怒りなどの人間的な感情を素直に表明する回路は遮断される。感情の表出が抑圧され、能動性が損なわれている精神には、悪を怒る気力も無い。それどころか、何が正しく何が正しくないかという判断を、自らの良心に基いて主体的に判断する習慣を身につけることが、妨げられる。インド女性の伝統的な美徳は、「亭主の好きな赤烏帽子」である。即ち、善悪の判断は自分ではなく父親や夫がするのであって、男に服従することが女の徳だという旧弊な意識である。女性の多くは親族を中心とした閉塞的人間関係の中に閉じ込められていて、理解し合える仲間を作ることは難しい。ましてや、家庭内の権力関係とは独立に集会や政治的発言の自由を持つことなど、夢物語である。インドの女性に、この世に生まれてきたことを積極的に肯定させてくれる社会的基盤は無い。その女性差別は、余りに深い。

 その日暮の厳しい生活では、動植物や自然の鑑賞に気を使う暇など無く、遊びや気晴らしをする気にもなれない。では子供はどうか。

 

 子供は自然に遊び、遊びの中で想像力豊かに自己表現すると私たちは思うかもしれない。しかし、これは正確には正しくない。多くの文化は、少女たちが遊ぶことを決して奨励しておらず、その結果、彼女たちは本当に遊び方を知らない。危険や不純を恐れて家の中に閉じ込められ、家事をさせられ、少女たちは若い女性になる前に年老いた女性のようになってしまう。小さな男の子は肉体的精神的に冒険心を持つことが奨励される。男の子たちは、ゲームや様々な企画を通して、走り回り、周辺を探検する。このような機会は、多くの少女には全く開かれていない(ヌスバウム 2005107頁)。

 

そして女性は、心の赴くままに笑うというような、素直な感情表出に関してさえ、抑圧されている。被選挙権を行使して政治に参加することなど、ごく一部のエリートにのみ許される特権である。貧困層に貯蓄できる富は無く、富裕層であっても女性が家計と独立して財産を保有できる可能性は低い。銀行口座を開けることですらステータス・シンボルであり、雇用における差別は、貧困層や女性に対する差別に加えて、カーストによる差別が厳然としてある。低カースト層に対する令状の無い捜査・拘禁は日常茶飯である。それどころか、轢き逃げ犯が轢いた相手が不可触民ならば、事件そのものが不問に付されることすらありうる(山際 1981、25−35頁)。

こうして見ると、先進国住民からすれば至極当然と言えるケイパビリティも、インドのような途上国にあっては全く事情が異なることが分かる。インドで先進国住民のようにヌスバウムのリストを満たしているのは、少数の富裕層に過ぎない。多くが抑圧された生活を強いられているインドにおいてなお、最も抑圧された人々である不可触民の女性にあっては、一項目すらクリアーできないケースも稀ではない(山下 1986)。かつて私が当たり前だと思っていたことは、少しも当たり前ではなかったのである。

 

豊かな者の責任

 インドの不可触民女性と我々は、その置かれている状況は全く異なるが、同じ人間であることには変わりはない。ある人間集団が別の人間集団を差し置いて豊かになることは望ましくない。ましてや、自己の豊かさが他者の貧しさと引き換えのものであるならば、そうした豊かさを無批判的に享受することは、人間的な生のあり方として、相応しくない。豊かな者には、貧しい者を助ける責務がある。豊かな世界に生きる我々は、貧困に喘ぐ人々を無視すべきではない。

 ではどうすればよいのか。ピーター・シンガーは次のように提起する。

 

 豊かな社会に極ありがちな贅沢や軽薄な娯楽に費やせるほど金を持っている者は誰もが、十分な食べ物、きれいな飲み水、風雨から逃れるシェルター、基本的なヘルスケアを得ることが困難な人びとに、自分の収入1ドルごとに最低1セントを支払うべきである(Singer 2002b,p.194.シンガー 2005245246頁)。

 

 また別のところでは、「豊かな社会で平均或は平均以上を稼いでいる者は、非常に多くの扶養家族があるとかその他特別な必要が無い限り、絶対的な貧困を減少させるために収入の10分の1を支払うべきである」(Singer 1993,p.246.シンガー 1999296頁)と言っている。

 どちらにせよ、求められるのは、過度に自己犠牲的ではない、実行可能な範囲での持続的コミットメントである。倫理学は単なる知識ではなく、善く生きるための知恵である。絶対的貧困に喘ぐ多くの人々がいるという地球規模の不正が厳然としてある以上、倫理的に生きることと貧困の撲滅に向けてのコミットメントは、切り離し得ない。忘れてはならない問題、それは絶対的貧困である。

 

引用文献

アリストテレス 2002 朴一功訳『ニコマコス倫理学』京都大学学術出版局

Callicott,J Baird 1995 “Animal Liberation:A Triangular Affair.”in : Robert Elliot eds. Envionmental Ethics, Oxford UP,pp.29-59.

DeGrazia,David 2002 Animal Rights:A Very Short Introduction, Oxfod UP.(デヴィッド・ドゥグラツィア、戸田清訳『動物の権利』岩波書店、2003年)

ダンハム、バロウズ 1959 『鎖につながれた巨人(下)』岩波新書

ドーキンス、マリアン・スタンプ 1995 長野敬他訳『動物たちの心の世界』青土社

フォスター、ジョン・ベラミー 2004 渡辺景子訳『マルクスのエコロジー』こぶし書房

Frankena, William 1973 Ethics Second Edition Upper Saddle River NJ, Prentice-Hall,Inc.(ウィリアム・フランケナ、杖下隆英訳『倫理学 改訂版』培風館、1975年)

Fromm, Erich 1976 To Have or To Be, London,Abacus.エーリッヒ・フロム、佐野哲郎訳 1977 『生きるということ』紀伊国屋書店

Goodin, Robert E. 1989 No Smoking : The Ethical Issues, The University of Chicago Press.

Hare,R.M. 1981 Moral Thinking, Oxford UP.(R・M・ヘア、内井惣七+山内友三郎監訳『道徳的に考えること』勁草書房、1994年)

Harris, John 2001 “The Survival Lottery”, in John Harris ed., Bioethics, Oxford UP.(ジョン・ハリス「臓器移植の必要性」、H.T.エンゲルハート・H.ヨナスほか著、加藤尚武・飯田亘之編『バイオエシックスの基礎』東海大学出版会、1988年、所収)

ヒルツ、フィリップ・J 1998 『タバコ・ウォーズ 米タバコ帝国の栄光と崩壊』早川書房

ホスパーズ、ジョン 1971 『分析哲学入門2認識論』法政大学出版局

イリッチ、イヴァン 1979 大久保直幹訳『エネルギーと公正』晶文社

今井道夫 1999 『生命倫理学入門』産業図書

伊佐山芳郎 1999 『現代たばこ戦争』岩波新書

伊藤公紀 2003 『地球温暖化』日本評論社

岩佐茂他編 2004 『環境リテラシー』リベルタ出版

Jonas,Hans 1979 Das Prinzip Verantwortung:Versuch einer Ethik fuer die technologische Zivilisation, Frankfurt am Main, Insel Verlag.

Jonas,Hans 1984 The Imperative of Responsibility:In Search of an Ethics for the Technological Age, The University of Chicago Press.

ヨナス、ハンス 2000 加藤尚武監訳『責任という原理─科学技術文明のための倫理学の試み─』東信

上岡直見 1996 『クルマの不経済学』北斗出版

上岡直見 1998 『脱クルマ入門』北斗出版

上岡直見 2002 『自動車にいくらかかっているのか』コモンズ

神島裕子・山森亮 2004 「福祉」(有賀・伊藤・松井編『現代規範理論入門』ナカニシヤ出版、所収)

加濃正人編 2004 『タバコ病辞典 吸う人も吸わない人も危ない』実践社

Kant,I 1956 Die Metaphysik der Sitten, Frankfurt am Main, Suhrkamp Verlag.(加藤新平・三島淑臣訳『人倫の形而上学<法論>』、野田又夫責任編集『カント 世界の名著39』中央公論社、1979年)

加藤尚武 2001 『応用倫理学入門─正しい合意形成の仕方─』晃洋書房

川本隆史 1995 『現代倫理学の冒険』創文社

キーピン、ビル 1991 「原子力発電は地球温暖化を防がない」、ジェレミー・リゲット編著、西岡秀三+室田泰弘監訳『グリーンピース・レポート 地球温暖化への挑戦』ダイヤモンド社、所収

児玉聡 2006 「功利主義と臓器移植」(伊勢田・樫編『生命倫理学と功利主義』ナカニシヤ出版、所収)

厚生労働省健康局 2002 『新版 喫煙と健康─喫煙と健康問題に関する検討会報告書』保健同人社

クーン、トーマス 1971 中山茂訳『科学革命の構造』みすず書房

Lappe,Frances Moore 1991 Diet for a Small Planet:20th Anniversary Edition, New York,Ballantine Books.

Leopold, Aldo 1949 A Sand County Almanac, Oxford UP.(アルド・レオポルド、新島義昭訳『野生のうたが聞こえる』講談社学術文庫、1997年)

リンゼイ、A 2001宇都宮秀和訳『神は何のために動物を造ったのか─動物の権利の神学』教文館

Marx, K 1961 Zur Kritik der Politischen Oekonomie・Vorwort, MEW.Bd.13,Berlin,Dietz Verlag.

Marx, K 1982a Zur Kritik der politischen Oekonomie(Manuskript 1861-1863),T.6, MEGA II-3.6, Berlin , Dietz Verlag.

Marx, K 1982b Oekonomisch-philosophische Manuskripte, MEGA I-2, Berlin, Dietz Verlag.

Marx, K 1983 Einleitung [zu den“Grundrissen der Kritik der politischen Oekonomie”], MEW.Bd.42.Berlin,Dietz Verlag, ,S.20.

Marx, K 1987 Das Kapital.Erser Buch.Der Produktionsprocess des Kapitals.Sechstes Kapital. Resultate des unmittelbaren Produktionsprozesses., MEGA II-4.1, Berlin , Dietz Verlag.

Marx, K 1991 Das Kapital.Bd.1.,MEGA II-10, Berlin, Dietz Verlag

Marx/Engels 1972 Die deutsche Ideologie, MEGA(Probeband).

マルクス=レーニン主義の基礎刊行会訳 1965 『マルクス=レーニン主義の基礎IV』合同出版

松永澄夫 2003 『「食を料理する」─哲学的考察─』東信堂

ドネラ・H・メドウズ、+デニス・L・メドウズ、+ヨルゲン・ランダース、茅陽一監訳 2005 『成長の限界 人類の選択』ダイヤモンド社

Mill, John Stuart 2001 Utilitarianism, Indianapolis/Cambridge, Hackett Publishing Company, Inc.(J.S.ミル、伊原吉之助訳『功利主義論』、関嘉彦責任編集『ベンサム J.S.ミル 世界の名著49』中央公論社、1979年)

宮崎恭一 2000 『たばこで他殺、たばこで自殺』女子栄養大学出版部

Myers, Ransom A. & Worm, Boris 2003 “Rapid worldwide depletion of predatory fish communities”, Nature, v.423.

Naess, Arne 1995a “The Shallow and the Deep, Long-Range Ecology Movement : A Summary”, in Alan Drengson & Yuichi Inoue ed., The Deep Ecology Movement : An Introductory Anthology, Berkeley CA, North Atlantic Books.(アルネ・ネス「シャロー・エコロジー運動と長期的視野を持つディープ・エコロジー運動」、アラン・ドレングソン・井上有一共編、井上有一監訳『ディープ・エコロジー─生き方から考える環境の思想』昭和堂、2001年、所収)

Naess, Arne 1995b “The Apron Diagram”, in Alan Drengson & Yuichi Inoue ed., The Deep Ecology Movement : An Introductory Anthology, Berkeley CA, North Atlantic Books.(アルネ・ネス「エプロン・ダイアグラム」、アラン・ドレングソン・井上有一共編、井上有一監訳『ディープ・エコロジー─生き方から考える環境の思想』昭和堂、2001年、所収)

Arne Naess and George Sessions 1995 “Platform Principles of the Deep Ecology Movement”, in Alan Drengson & Yuichi Inoue ed., The Deep Ecology Movement : An Introductory Anthology, Berkeley CA, North Atlantic Books.(アルネ・ネス、ジョージ・セッションズ「ディープ・エコロジー運動のプラットフォーム原則」、アラン・ドレングソン・井上有一共編、井上有一監訳『ディープ・エコロジー─生き方から考える環境の思想』昭和堂、2001年、所収)

中村三郎 2003 『肉食が地球を滅ぼす』双葉社

日本嗜好品アカデミー編 2002 『煙草おもしろ意外史』文藝春秋

ヌスバウム、マーサ C. 2005 池本幸生・田口さつき・坪井ひろみ訳『女性と人間開発』岩波書店

Parfit, Derek 1984 Reasons and Persons, Oxford UP.(デレク・パーフィット、森村進訳『理由と人格』勁草書房、1998年)

パスモア、ジョン 1998 間瀬啓允訳『自然に対する人間の責任』岩波書店

Pence Gregory E. eds. 2002 The Ethics of Food, Rowman & Littlefield, Publishers, Inc.

プラトン 1976 藤沢令夫訳『ソピステス』岩波書店

プレスプラン編集部編 2002 『タバコを吸わせろ』PRESS PLAN

Rachels, James1999 The Elements of Moral Philosophy Third Edition McGraw-Hill College.(ジェームズ・レイチェルズ、古牧徳生・次田憲和訳『現実を見つめる道徳哲学』晃洋書房、2003年)

ラス・カサス、バルトロメ・デ 1976 染田秀藤訳『インディアスの破壊についての簡潔な報告』岩波文庫

Regan,Tom 1999 “The Moral Basis of Vegetarianism” in: Kerry S. Walters and Lisa Portmess eds,Ethical Vegetarianism: From Pythagoras to Peter Singer, State University of New York Press,pp.153-163.

Regan,Tom 2003 Animal Rights,Human Wrongs, Rowman & Littlefield, Publishers, Inc.

Rifkin,Jeremy 1992 Beyond Beef, Plume.(ジェレミー・リフキン、北濃秋子訳『脱牛肉文明への挑戦』ダイヤモンド社、1993年)

ロジャース、レスリー・J 1999 長野敬+赤松眞紀訳『意識する動物たち』青土社

ザックス、ヴォルフガング 1995 土合文夫・福本義憲訳『自動車への愛』藤原出版

サムエルソン、P+ノードハウス、W 1992 都留重人訳『サムエルソン経済学上〔原書第13版〕』岩波書店

Sapontzis Steve F. eds. 2004 Food for Thought: The Debate over Eating Meat, Amherst, Prometheus Books.

共同訳聖書実行委員会 1987,1988 『聖書 新共同訳』日本聖書協会

Shrader-Frechette,K.S.1998 “Technology, the Environment, and Intergenerational Equity”, in: Shrader-Frechette ed., Environmental Ethics:Second Edition, Lanham/Boulder/New York/Oxford, Rowman & Littlefield Publishers,Inc.(K・S・シュレーダー=フレチェット「テクノロジー・環境・世代間の公平」、シュレーダー=フレチェット編、京都生命倫理研究会訳『環境の倫理 上』晃洋書房、1993年、所収)

Singer, Andy 2001 Cartoons, Prague・Melbourne・San Francisco, Carbusters.

Singer, Peter 1993 Practical Ethics ? Second Edition, Cambridge UP.(ピーター・シンガー、山内友三郎・塚崎智監訳『実践の倫理[新版]』昭和堂、1999年)

Singer,Peter 1994 Rethinking Life and Death,New York,St. Martin’s Griffin.(ピーター・シンガー、樫則章訳『生と死の倫理』昭和堂、1998年)

Singer,Peter 2002a Animal Liberation, HarperCollinsPublishers.(ピーター・シンガー、戸田清訳『動物の解放』技術と人間、1988年)

Singer,Peter 2002b One World, New Haven and London, Yale Up.(ピーター・シンガー、山内友三郎/樫則章監訳『グローバリゼーションの倫理学』昭和堂、2005年)

スネル、ブラッドフォード 1995 戸田清他訳『クルマが鉄道を滅ぼした』緑風出版

杉田聡 1991 『人にとってクルマとは何か』大月書店

杉田聡 2001 『クルマを捨てて歩く!』講談社

田上孝一 1997 「反映論の意義」 東京唯物論研究会編『唯物論』第71号

田上孝一 2000 『初期マルクスの疎外論』時潮社

田上孝一 2003 「環境問題から社会主義へ」、オルタ・フォーラムQ編『希望のオルタナティブ』白順社、所収

田上孝一 2004 「疎外」(有賀・伊藤・松井編『現代規範理論入門』ナカニシヤ出版、所収)

高田純 2004 「労働における物質代謝と自然における物質循環─マルクスの所説の検討─」 札幌唯物論研究会編『唯物論』第49号

Taylor, Paul W. 1986 Respect for Nature, Princeton UP

鶴田静 2002 『ベジタリアンの文化誌』中公文庫

槌田敦 2002 『新石油文明論』農山漁村文化協会

槌田敦 1998 『エコロジー神話の功罪』ほたる出版

宇沢弘文 1974 『自動車の社会的費用』岩波新書

White, Lynn  Jr. , 2000 “The Historical Roots of Our Ecological Crisis”, in James P. Sterba ed., Earth Ethics : Introductory Readings on Animal Rights and Environmental Ethics. Second Edition, Prentice Hall.(リン・ホワイト、青木靖三訳『機械と神』みすず書房、1999年)

Wenz,Peter S. 1999 “An Ecological Argument for Vegetarianism” in: Kerry S. Walters and Lisa Portmess eds,Ethical Vegetarianism: From Pythagoras to Peter Singer, State University of New York Press,pp.189-201.

Williams, Bernard 1982 “An Inconsistent Form of Relativism”, in Michael Krausz and Jack W. Meiland ed., Relativism : Cognitive and Moral, Berkeley CA, North Atlantic Books.(バーナード・ウィリアムズ「一貫性を欠く形の相対主義」、J.W.メイランド・M.クラウス編、常俊宗三郎・戸田省二郎・加茂直樹訳『相対主義の可能性』産業図書、1989年、所収)

山際素男 1981 『不可触民』三一書房

山下明子 1986 『インド・不可触民の女たち』明石書店

横島庄治 2001 『サイクルパワー』ぎょうせい