ベルリオーズの幻想交響曲は,楽器編成だけ見ても,通常の編成に加えてE♭クラリネット,イングリッシュホルン,4本のファゴット,コルネット2本,チューバ2本,2人のティンパニ,そして,問題の鐘などが必要で,かなり大掛かりです。さらにバンダ(舞台裏での演奏)や,コル・レーニョ col legno 奏法(弦楽器の弓の木の部分で叩く演奏)などがあり,第1,第2バイオリンが3パートに分かれたりと,初演時には衝撃の問題作だったのではないかと予想されます。
文学的な解説は, 新・ベルリオーズ入門講座 あたりを読んでいただくとして, ここでは,鐘の音の物理的な面から見てみようと思います。
この鐘が演奏される, 第5楽章 102小節目の Lontano (遠くからのように) (例 : MIDIファイル 102〜120小節目)で,スコアには
Campana I.II in C.G(Do Sol) o Pianoforte (ドとソの鐘,またはピアノ)
と指示があります。
普通は,鐘と言えばチャイム(チューブラベル,のど自慢でおなじみ)ですが,「幻想交響曲の鐘」というレンタル楽器があるほどで,この曲のC-C-Gの部分については,いろいろな解釈があります。Percussion Players Network の あの曲のあそこはどうやる? でも Professional Percussion (東京都高円寺の楽器屋)で借りる,という意見が多く見うけられました。
手持ちのCDで,この部分の周波数分析を行いました。使用したCDは以下の4種類です。
CDからのデータの吸出しには CD2WAV32 を使用しました。
スペクトラム解析には WaveSpectra を使用しました。
第5楽章102小節目のC音の周波数スペクトラム(周波数特性)を示します。
| パリ管弦楽団 指揮 : シャルル・ミュンシュ 1967年10月録音 |
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| シカゴ交響楽団 指揮 : クラウディオ・アバド 1983年2月録音 |
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| ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮 : ジェイムズ・レヴァイン 1980年2月録音 |
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| パリ・バスティーユ管弦楽団 指揮 : チョン・ミュンフン 1993年10月録音 |
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横軸は対数軸で表示しているので,整数倍の倍音の周波数のピークは等間隔になります。等間隔からずれているピークが非整数時の倍音成分です。
同じC音のスペクトラムなので,ピークはほぼ同じ周波数になっていますが,とくに強い成分を持つ帯域は,それぞれ異なっています。
スペクトログラム解析には Sonogram を使用しました。
第5楽章 102小節目(Lontano)から120小節目付近,20秒間のスペクトログラムを示します。
| パリ管弦楽団 指揮 : シャルル・ミュンシュ 1967年10月録音 |
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| シカゴ交響楽団 指揮 : クラウディオ・アバド 1983年2月録音 |
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| ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮 : ジェイムズ・レヴァイン 1990年2月録音 |
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| パリ・バスティーユ管弦楽団 指揮 : チョン・ミュンフン 1993年10月録音 |
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途中から入ってくるビオラの上昇音形と比べるとよくわかります。それぞれ違った音域で演奏しています。
ピアノの中央Cが約260Hz,C52(C4)です。他の打楽器と比べると,
となっています。 (音域表 ヤマハ)
通常のチャイムよりも音域が広いものに,フランスの ベルジュロ Bergerault 社のチャイム があり,通常よりも1オクターブ低い音域で C-C-G の演奏が可能です。ただし,通常のチャイム(例:ディーガン社のチャイム)でも,楽器の高さが約180cm,身長160cm以上の奏者でないと演奏も難しいほどですが,このベルジュロのチャイムの高さが推定250cmほどあり,お立ち台に立って演奏します。
スコアの記譜どおりに, もしピアノで弾いたとすれば, C音は,C28(C2), C40(C3), C52(C4) になります。もし,ベルリオーズの頭の中で, スコア記譜上の音が鳴っていたとしたら, チャイム(チューブラベル)で演奏するのでは音域が高すぎるのかもしれません。
今回解析した3種類でも,音域,音色がまったく違うように,一口に「鐘」と言っても,オーケストラや演奏者,指揮者によって,様々な解釈があり得ます。
自分自身がこの曲をちゃんとした形で演奏したことが無いので,詳しい事情はわかりませんが,チューブラベルで演奏することは少ないようです。実際の演奏会では,舞台裏での演奏になることも多いため,正確にはわかりませんが,専用の鐘を使用することが多いようです。これまでに自分が見た中では,大きな金属板を叩いていることもありました。
これほどあいまいな指示で,いくらでも解釈の余地が残されていて,それでいてどれもが間違いではない,というのも,他のオーケストラ楽器にはない,打楽器の大きな魅力の一つと言えます。もちろん,所有している楽器やオーケストラの経済事情にもよりますが,打楽器奏者のセンスの見せ所といったところでしょう。