ブラームス 交響曲第1番 の冒頭

初出 2000.07.03
第2版 2000.07.09
第3版 2000.11.05

ブラームス 交響曲第1番 ハ短調 作品68

I. Un poco sostenute - Allegro
II. Andante sostenute
III. Un poco Allegretto e grazioso
IV. Adagio piu Andante - Allegro non troppo, ma con brio

初演:1876年11月4日

以前,中田延亮氏 (新日本フィルハーモニー交響楽団首席コントラバス奏者,メロスフィル音楽監督) が,某メーリングリストでこのような発言をしたことがありました。

これは、いつもオケで弾いてて思う(また言われる)ことなんですが、 オケの音のタイミングは勿論オケにより様々ですよね、 それを仕切ってるのってコンマス、コンバス首席、ティンパニの3人なんですね。
〜 略 〜
例えばブラームスの1番の冒頭で、 指揮者とコンマスの様子をうかがいながらほんのちっとですけどうまいぐあいに早めに出れると、 「やったー」という気分になり、その後とっても気持ち良く1日が過ごせたりします。
〜 略 〜

確かに,コントラバスがオケをリードしてくれると, 非常に演奏しやすかったりします。ところで,実際の演奏で, 本当にコントラバスが早く出ているのか気になってきたので,話題のブラームス交響曲第1番の手持ちのCDで検証してみることにしました。


曲の構成など

交響曲第1番の冒頭部分は,大きく3パートに分けられます。

  1. バイオリンI, II, チェロ --- 旋律
  2. フルート, オーボエ, クラリネット, ファゴット, ビオラ (ホルンIII, IV, トランペット [注1]) --- 対旋律
  3. コントラファゴット, ティンパニ, コントラバス (ホルンI, II [注2])
[注1] ホルンIII, IV は最初の4小節間しか入っていません。しかも一番最初は音がありません。 変わりに(といってはなんですが),トランペットに冒頭の1拍だけ音があります。
[注2] ホルンI, II は,8小節間 C の音を伸ばします。

半音階的に上昇する旋律と,ハ短調の和音で下降する対旋律。 そして,基音の C のオルゲルプンクトで8分音符を刻む低音パート。実にバランスの良い構成です。 低音の刻みが実に印象的で,ハ短調という調性もあって,いやがおうでも「運命」的です。また,冒頭のモチーフは第1楽章の,さらに全曲を通してのテーマにもなっています。

情熱的な交響曲の冒頭ですが,ブラームスの指示は Un poco sostenute (少し音を保って) で,f は1つです(ff が初めて出てくるのは25小節目,ただし,ティンパニは f )。 これほどの大交響曲にしては,意外にも中庸なオープニングです。

この部分をはじめ,スコアにはかなり細かく指示が書いてあります。例えば,1楽章38小節目 Allegro の冒頭では,トランペット,ティンパニ,コントラバスが f ひとつなのに対して,オーボエ,クラリネット,ファゴット,ホルンは ff になっていたり,続く41小節目では,同じ音形でも,ホルン,トランペット,ティンパニは f ひとつ,コントラバスは ff,といった具合です。

冒頭部分でも,弦楽器(コントラバスを除く)には espr. e legato,木管楽器(コントラファゴットを除く)には legato,低音楽器ではコントラバスにのみ pesante (重々しく) の指示があります。この曲の冒頭はどうしてもティンパニに目が(耳が?)いってしまいますが,ブラームスの意図としては,やはり,重厚な低音の刻みの中心はコントラバスだったのでしょうか。


解析

手持ちのCD(6種類)から音を吸い出して スペクトログラム解析をしました。「声紋」という言葉は聞いたことがあると思いますが, スペクトログラムとは,そのようなもので, 周波数成分の変化を表示したものです。

を使用しました。

冒頭5秒間(大体1小節間)のスペクトログラムを表示します。 縦軸は 0〜5.5kHz(分解能 256点),リニアスケールです。また,提示部(Allegro,第38小節目)の5秒間(大体2小節間)も表示します。

図の見方のポイントとしては,

などです。

Un poco sosutenuteAllegro
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
指揮:クラウディオ・アバド
1990年9月録音
abbado1 abbado2
サイトウキネンオーケストラ
指揮:小澤征爾
1990年8月録音
ozawa1 ozawa2
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
1987年1月録音
karajan1 karajan2
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
指揮:レナード・バーンスタイン
1981年10月録音(ライブレコーディング)
bernstein1 bernstein2
パリ管弦楽団
指揮:シャルル・ミュンシュ
1968年1月録音
munch1 munch2
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
1952年1月録音(ライブレコーディング)
furtwangler1 furtwangler2

表にしてみました。
Un poco sosutenuteAllegro
ベルリンフィル(アバド) ほぼジャスト 音程はっきりめ
サイトウキネン(小澤) 低音早め ティンパニが強め
ベルリンフィル(カラヤン) 低音早め 音程はっきりめ
ウィーンフィル(バーンスタイン) ジャスト ジャスト
パリ管(ミュンシュ) ややずれ ジャスト
ウィーンフィル(フルトヴェングラー) かなりずれ かなりずれ
ベルリンフィル(アバド指揮)

以前BSで,ベルリンフィルの定期でアバドがブラームスの1番を振ったのを見たことがあるのですが,ホルンやトロンボーン(4楽章に少しだけ!)等,管楽器を強調した演奏だったような覚えがあります。このCDでも,4楽章でトロンボーンがブンブンいってます。

スペクトログラムでは,冒頭はほとんどジャストで,やや低音が早いか,といったところです。
また,Allegro で特徴的なのが,横線が濃く,比較した中でも音程がはっきりしていることです。実際に聞くと,バランス的にティンパニよりも管楽器の方が大きく出ています。

サイトウキネンオーケストラ(小澤指揮)

この組み合わせで確かLDもありまして,筆者はLDは所有していませんので詳細は忘れてしまいましたが,はじめて見たときには,ボストン交響楽団のティンパニスト,ファース氏がいろいろやっていてびっくりしました。1楽章冒頭では両手叩き(ティンパニ2つをCにチューニングして両手で2つのティンパニを叩いていた),4楽章では随所に音符を加えた演奏でした(このCDでも4楽章のところどころで音符を追加しています)。

スペクトログラムでは,低音が早く出ているのがわかります。 ただし,コントラバスが早く出る,というよりは,ティンパニも含めて,低音が早めに出ている感じです。

ベルリンフィル(カラヤン指揮)

ここで比較した6種類のうち,もっとも「じぃゃぁぁぁん」という感じの冒頭です。 スペクトログラムでも,実際に聴いた感じでも,低音が早く出て,バイオリン等が遅く出ているのがわかります。 低音以外は,かなり「タメ」て出ているようにも思います。
Allegro 冒頭では,アバド指揮のものと同じく,音程がはっきり出ています。 バランス的に管楽器が大きくでるのは,ベルリンフィルの伝統なのでしょうか。

ウィーンフィル(バーンスタイン指揮)

やや速めのテンポのせいでしょうか,バーンスタインにしては意外に(失礼)素っ気無い冒頭です。ブラームスの指示を忠実に再現しようとしたのかも知れません。

スペクトログラムでは,冒頭はほとんどジャストです。 ただし,よく見てみると,ちょっとだけ飛び出しています。聴いていてもほとんどわかりませんが, 恐らく,誰か一人がフライングしてしまったのだと思います。ライブレコーディングということもあるので, 本人は寿命が縮む思いをしたのではないでしょうか。
もうひとつ面白いのが,比較した中では, バイオリンの音程の幅が狭いことです。 ビブラートが浅いものと思われます。 しかも,入ってしばらく(半拍ほど)してからビブラートをかけているようです。
Allegro 冒頭では,ベルリンフィルと違って音程がはっきりしていません。 実際に聴くと,ティンパニが強烈に入っています。

パリ管弦楽団(ミュンシュ指揮)

一部では世紀の名演といわれているそうです。 確かに「熱い」演奏です。

冒頭では,低音が早く出るとかではなく,わりとバラバラッと出ているようです。

ウィーンフィル(フルトヴェングラー指揮)

これを比較対象にするのは禁じ手でしょうか。冒頭をはじめ,曲中いたるところで完全にアインザッツがずれています。ここまでくると,少し早く出るとかなんとかは,もはや意味がないのかも知れません。

Allegro の部分をみて面白いのが,f の直前で少しノイズが入っているCDがあることです。想像するに,おそらくこの部分で息を合わせているのではないでしょうか(イチ,ニィ,サン,スッ,ボン というやつです)。解析してみると,こんなことまでわかってしまうんですね。ただし,サイトウキネンオーケストラのものは,周波数成分の変わり方から見て,編集ポイントだと思われます。


結論

オーケストレーション的には,ファゴットやチェロが低音を弾いていないことや,トランペットが冒頭に入っていることから,「ぱーん」となりやすいような気がします。 そこで,トゥッティで低音が早めに出ることで「じゃぁーん」と聞こえるようです。そういった意味では,大交響曲の冒頭を重々しい感じにするために低音楽器の我々ができることは,積極的に,早めに出ることなんですね。

ここで解析した結果というのは,本当に微妙なもので(除フルトヴェングラー),ちょっと聴いただけではわからないほどのものです。そして,この微妙なずれが,非常に素晴らしい効果を生んでいて,決してマイナス点にはなっていません。世界の一流オーケストラの素晴らしさは,些かも損なわれることはありません。

本題とは外れますが, 打楽器奏者の大塚敬子さんは,著書「打楽器がうまくなる本」の中で,ブラームスの1番についてこのように書いています。

この曲は,ブラームスが初めて書いたシンフォニーであり,特に,ベートーヴェン等のシンフォニーのように素晴らしい曲を自分も書こうという意欲を持って作曲した作品といわれています。
冒頭から始まるティンパニのCの音は,お客さんに対して,上記ブラームスの"意欲"と 「素晴らしい曲が始まりましたので,どうぞ楽しんでください」 という思いをこめて演奏すべきです。
大塚敬子著「打楽器がうまくなる本」 音楽之友社, pp.80

ブラームスに限らず,どんな曲を演奏するときでも,かくありたいものです。


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