1983年,音楽好きのエンジニアであった若き二人のアメリカ人(Jaron LanierとTom Jimmerman) が、体の動きを使って楽器に触れずに演奏できないか、と考え出したのが,今日の「データグローブ」 の原型でした。 この後、このデータグローブはVPLリサーチ社というベンチャー企業で売り出されましたが,当初 は興味は引いたものの,それほど大きな注目はされず、手の動きを計測するという意味でリハビリ テーション等の一部の分野で試されていたにすぎませんでした。 コンピュータと人間を結ぶインターフェイスとしてデータグローブが人々の注目を浴びだしたのは, 1987年にVPLリサーチ社が「バーチャルリアリティ」(仮想現実感、VR)という新語と 「RB2」というVRシステムを世間に発表したときからでした。 実は、このVRシステムで標準に使われていた入力デバイスこそが「データグローブ」だったのです。
従来,コンピュータにデータを入力する手段として、カード、テープにはじまりキーボード、マウス、 ペン入力等,いかに人間の言葉や意志を簡単に伝達できるかという観点で、さまざまなデバイスが開発 されてきました。 しかしVRのような新しい技術では、人間のより自然な動きを伝達するために,通常の生活や仕事の なかでもっとも役割の大きいと言える手の動き(ジェスチャ)を計測できるデータグローブのような 新しい装置が必要でした。
2.しくみと機能
それでは、このデータグローブはどうやって手の動きを読み取るのでしょうか。 そのしくみは,精密な光ファイバと光のもつ直進性にあります。 グローブには、手によくフィットする伸縮性に富んだものを利用しています。そのグローブの各指 に2本ずつ,光ファイバケーブルを接着して、計10本のファイバは、手首の部分で束ねられ、その 先で小型のインターフェイスボックスに接続されます。このボックスの中には、光の発信源(LED) と光量を測る素子(光センサ)がファイバの数だけ組み込まれています。 一本のファイバは,ボックスからグローブに達し、各関節部分で180度折り曲げられて、また ボックスに返ります。そして折り曲げられたところのファイバの表面に微少な切り込みを施し、これ によって指を曲げたときに光がわざと漏れるようになっているのです。 指をまっすぐ伸ばせば,光の直進性によってほぼ100%の出力が得られますが、指を曲げれば その曲げ角度に反比例するように光は減衰します。この光量の変化は、コントロールユニット内で 12ビット(4096)の数値にA/D変換され、そのディジタル値が最終的にホストコンピュー タへ転送されます。 こうして各指の曲げ角度は、ユーザーのアプリケーションによって解釈できる形となります。3.ホストインターフェイス
データグローブのコントローラには,RS232シリアルインタフェイスが1ポート用意されて います。標準インタフェイスなのでパソコンからワークステーションまで,ほとんどのホストコン ピュータに接続できます。転送レートは19,200bps,8データビット、パリティ無しで 接続します。 コマンド命令は,ASCII形式でホストからグローブのコントローラに送られ、その結果 得られたデータ(角度データ)は初期コマンドに従ってASCII,またはバイナリー形式で コントローラからホストに返されます。コマンド命令は、基本的に初期化と送信命令の2種類で あり、非常にシンプルな形になっています。 参考に、データグローブを初期化し、10関節の角度をASCII形式で要求するまでのコマンド 手順を示します(第一表)。
<第1表> @AD0 |
通常ホストのユーザーアプリケーションでは、ここで得られた10関節のデータからジェス チャと呼ばれるパターンを数種類作り、そのパターンと得られたデータが等しいかどうか (実際には各データが,あるしきい値に入っているかどうか)を認識し、結果が真ならばある 事象を発生するようにしています。 代表的なジェスチャには、人差し指だけ伸ばして、あとの4本を曲げた状態が検出されていれ ば仮想空間内を前進する、といったものがあります。4.アプリケーション
データグローブの応用分野としては,基本的に手の動作解析が必要なものにはすべて適用でき ます。とくに三次元のデータに対して直感的にオペレーションを加えたい場面では、さまざまに 利用できます。オプションでセンサを手首や肘に付けられるので、手以外の体のある特定部分の 曲性の計測にも利用できます。主な利用例を紹介しましょう。 (1)リハビリテーション(Greefleaf 他) リハビリの工程において,手の動きがどの程度回復したかを調査するために、患者がデータ グローブをはめ、その動きを記録していきます。 (2)手話の入力(日立/中央研究所) 手話をコンピュータに入力し、それを言語に翻訳するためのデバイスとして研究システムに 導入されています。 (3)ロボットアームの遠隔操作 離れたところに設置されたロボットのアームの動きを、オペレータがグローブによって指定 できます。宇宙空間、危険地帯、海底といった極限作業に応用できます。 (4)仮想キッチン疑似体験システム(松下電工) 実際のシステムキッチンができあがる前に、その使い勝手を擬似的に確かめられます。CG で作られた棚や流し台の位置、大きさをデータグローブで”触れて”知ることができます。 (5)三次元CGアニメーションの動作作成(NHK) 三次元のアニメの登場人物の動きのパターンをデータグローブを使って試行的に作り、 最終的な動作を決めていく助けとします。 (6)仮想生物との対話(富士通研究所) 仮想生物を手招きしたり、追っ払ったりするための身振りを、データグローブで行います。 (7)可視化データのコントロール(東京電力、NASA,IBMワトソン研究所、他) 元来、目に見えない数値データ(プログラムフローや流体解析)を三次元CGとして可視化 し、それに対して回転、拡大、移動等の指示をグローブで与えることができます。 (8)仮想手術シミュレーション(国立がんセンター) 仮想人体に対して手術を施すという研究システムにおいて、医師の手の動きを読み取るため にグローブが使用されています。この情報は,例えば熟練した医師からインターンへの訓練 のために利用することもできます。 (9)プロトタイプの組立、デザイン検証(NEC C&C研究所) お互い離れた研究所にいるエンジニアが、グローブをはめてコンピュータ上でプロトタイプ に触れながら、製品開発を進めるという研究。道具箱の開閉やツールの選択にもグローブの ジェスチャを利用します。5.新データグローブの特徴
日商エレクトロニクスでは、現在VPLリサーチ社で開発したオリジナル・データグローブ の完全国内製造版(モデルJ)を販売しています。これによって価格を引き下げ(50〜60 万円。従来の半分以下)安定した供給をはかることができました。 しかし、さらに精度を上げ、使いやすいものにするために、当社では現在新しいモデルを 開発中です。新バージョンでは,繊細で壊れやすいファイバの利用をやめ、「ベンドセンサ」 という圧電素子を使った新しいセンサを採用しました。インターフェイス方式は従来通りの ものを引き継いでいるため、互換性は維持され、グローブ部だけの交換も可能です。 このベンドセンサは大量生産ができるので、さらに低価格での提供が実現される予定です。 今はまだ特殊な研究開発分野でしか利用されていないデータグローブですが、このような 改良により、今後様々な用途で使われることでしょう。そして将来的には、さらに身近な ヒューマンインターフェイスとして,思わぬ用途で利用される日がくるかもしれません。参考文献
(1)「バーチャル・リアリティ応用戦略」廣瀬道孝 オーム社(1992年) (2)「人工現実感の世界」服部桂 工業調査会(1991年) (3)「3次元CGシステムのインターフェイス・デバイス」常弘志津雄(PIXEL 1992.4) (4)「人工現実感の産業応用は今」エレクトロニクス特集、オーム社(1992.12)
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