私が今までで一番真剣に語学を勉強したのは、中学3年の高校受験の英語でした。英語の勉強方法として、ある問題集の前書きに、教科書を暗記するといい、ということが書かれていたのですが、その時点では、その意味するところを理解できませんでした。「そんなこと言ったって覚えられるわけないだろう」とか、「教科書と同じ文章が問題に出るわけじゃないんだから、教科書を覚えたって意味無いだろう」と思っていました。
中学3年になったばかりの頃、「百万人の英語」誌に、同時通訳の鳥飼玖美子氏が発音の方法を解説していました。口と舌を動かす準備運動からはじまって、個別の発音について口や舌の形を丁寧に説明しているものでした。それを読みながら、何度も繰り返して口と舌を動かしているうちに、自分の口から英語らしい音が出てくるようになりました。そうなると、英語を、声を出して読むのが楽しくなります。
当然のことながら、英語は英語らしい音で読んだ方が読みやすいのです。また、「L」と「R」など、同じ発音で覚えてしまってから、「ここはL」、「ここはR」と覚えていくより、最初から音と文字をあわせて、これらを区別して覚えたほうが一度ですみますし、忘れ難くなります。
通っていた塾では、3年生の夏までに教科書の説明を終わらせる、という方針だったこともあり、何度も教科書を音読しているうちに、夏休みには、3年生用の教科書を丸ごと暗記してしまいました。
もちろん、読むだけでは意味はわかりません。音読しながら、分からない単語は辞書を引くのですが、単語帳は作りませんでした。単語帳に書きこんで、その単語帳を見ながら覚えるというのが、無精ものの私には二度手間に思えましたし、単語帳の単語を覚えるというのが、どうも性に合わなかったからです。それで、どうせ覚えなければならないのなら、その場で覚えてしまおう、と考えました。音読しながら、意味を思い浮かべていくのです。
"America"「アメリカ」"is"「〜である」"a large"「でかい」"country,"「国」"so"「それで」"spring"「春」"is"「〜である」"different from"「違う」"many"「たくさんの」"parts"「部分」"of"「の」"the country."「国」
当然、一度辞書を引いただけでは覚えられるものではありません。でも、覚えなければならないのです。いくら立派な単語帳を作っても、単語を覚えなければ意味がないのです。単語帳に書きこみたくなる誘惑に負けそうになりながらも、「辞書を何度も引くのが面倒ならばこの場で覚えてしまえ!」と自分に言い聞かせながら、覚えていきました。
少なくとも私には、単語帳の単語を一つづつ覚えるよりも、文章の中で、前後関係に助けられながら覚えるほうがまだ楽でした。弊害(?)としては、ある単語を見たときに、すぐにその意味がわからず、その単語を含む文章が頭に浮かんで、その文章の意味からその単語の意味に到達する、という思考回路を辿ることがある、ということでしょうか。
一方で、市販の熟語集も使いました。問題集やリーダーに出てくる熟語は、高校生用の熟語集を買ってきて、そちらで調べるようにしました。そして調べた熟語にその都度下線を引いていきます。よく出てきて、かつ自分が覚えていない熟語は下線が濃くなっていきますので、時々ぱらぱらページをめくっては下線の濃い熟語を覚えるようにしました。
こうして教科書を暗記してしまうと、その効果は想像をはるかに絶するもので、暗記してしまってから問題集をやることにより、欠けている受験テクニックも比較的容易に習得することができました。
繰り返しになりますが、ここでいう暗記は単なる暗誦ではありません。暗記してしまうほど、何度も繰り返し文章を読む、ということです。しかも、単語や文章の意味を確認しながら読む、ということです。そうして基本となる英文が体に染み込んでしまえば、後の展開が非常に楽になります。
この方法が唯一絶対などと言うつもりはありませんが、現在に至るまでいろんな言語を学んでいるうちに、とても効果的で、いい方法だったと、改めて思うようになってきましたので、ご参考になればと思います。